暑中見舞いは立秋前日までに

暑中見舞いは、お盆に親元や仲人などを訪問し、贈り物をする風習が簡略化したもので、夏の盛りに相手の安否を気づかい自分の様子を知らせる便り。日頃ご無沙汰している親戚や友人、知人にあいさつを兼ねて報告しましょう。

暑中見舞いは立秋前日まで

暑中見舞いは立秋前日まで、それ以降は「残暑見舞い」に。暑中とは、二十四節気(にじゅうしせっき)の中の「大暑(たいしょ)」にあたる期間のことで、立秋(りっしゅう)の前日ごろまでをいいます。

暑中見舞いは、小暑(しょうしょ)(太陽暦の7/7ごろ)から立秋(太陽暦の8/7ごろ)までに出しますが、本来は大暑(太陽暦の7/22ごろ)から立秋までに出すのが正式。また立秋を過ぎてしまったら、「残暑見舞い」として送ります。残暑見舞いもいくら残暑が厳しくても8月末までには出しましょう。

切手が張れれば何でも送れる!?

一般的には、はがきを用いることが多いようですが、直接切手がはれるものなら送れること知ってますか。たとえば「うちわ」なんかも送れます。定形外なので郵便料金はすこし高いですが、ユーモアあふれる暑中見舞いを考えてもおもしろいですね。

子供から先生に

親が、担任の先生に直接暑中見舞いを送ることはありませんが、子供が先生にお便りを書きたい事はあります。以前、筆者の娘に「先生にはがきを書きたいけどなんて書けばいい?」って聞かれてこまったことがありました。特に女の子は手紙を書くのが好きなようで、いつも何かメッセージを書いたものをくれたりします。特に父親にはうれしいかぎりですが、ある時期から書いてくれなくなります。すこし寂しいですが…。

やはりここはせっかくの子どもの気持ちを生かしたいものです。けっして「適当に考えて書けばいいんじゃないの」なんて適当な返答はしてはいけません。親としてちゃんと答えてあげましょう。むずかしく考えずに「夏休みになって今日までで一番たのしかったこと」や「二学期はこれをがんばる!」など先生に知ってもらいたいことなどがいいと思います。

夏休みが始まるのが7/20ごろなので8月初めくらいが丁度いい時期。そうすれば8/7頃までにははがきが着きます。もし、幼稚園や低学年の小さいお子さんなら住所は親が書いてあげて、その他の「暑中お見舞い申し上げます」などは、ひらがなでもかまいませんので本人に頑張って書かすようにします。このような、こどもが書きたいという気持ちを大事にしたいものです。要領さえおぼえれば次回からは何も言わなくても自分で出来るようになります。


かんたんアイデアカード
【目次】(「BOOK」データベースより)
バースデー/ありがとう/おさそい/なかよし/ごめんなさい/クリスマス/バレンタイン/ハロウィン/年賀状/暑中見舞い/お見舞い





ワクワクドキドキの仕掛け絵本

Webで音声合成データを作ってみよう

Webで音声合成データを作ってみよう
「vozMe」(英語サイト)で、英語の文章を入力して合成音声を作成してみましょう。使い方はとっても簡単!文章を入力して、音声を確認してから保存するだけです。作った音声はMP3形式でダウンロード・保存ができますので、Webで利用したり、加工して携帯電話の着信音などにすることができます。

MP3の音素材を携帯電話の着信音にする方法(web素材)
使い方は簡単!文章を入力して確認・保存するだけ
「vozMe」の英語版のページを開いて、「Enter text in English」と書いてある枠に半角英数字で入力します。次に声の性別を「Male Voice(男性)」か「Female Voice(女性)」のどちらかを選択して、最後に「Create Mp3」ボタンをクリックします。

英語のほか、スペイン語・イタリア語・ポルトガル語・ヒンズー語・カタルーニャ語にも対応しているようです。
別ウインドウが開き、入力した英文を読み上げます。いきなり音がでるので注意してください。音声を確認して、問題なければMP3ファイルとしてダウンロードできます。「Download mp3」をクリックすると「ファイルのダウンロード」画面が開きますので、保存先フォルダやファイル名を入力して保存します。

必要に応じてファイル名を変更しましょう
日本語には対応していませんが、自分の名前などをローマ字で入力すると、それっぽく喋ってくれます。いろいろな言葉でお楽しみください。

講座

ユーキャンのイラストレーションを紹介しておきます。

ユーキャンの イラストレーション講座トップ
イラストレーション講座とは

【イラストレーション講座】イラストレーション講座とは
“人々を、アッと言わせるイラストを描きたい”というあなたに
イラストは、言葉とともに、メッセージをイメージ化して見せるすばらしい表現の技です。しかし、自己流で描いていたのでは、なかなか自分のカベを超えることはできません。
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色々なイラストのスタイルがマスターできますひとくちにイラストと言っても、いろいろなスタイルがあります。
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習ったそばから成果が出る!だからもっと楽しくなる!イラストレーション講座は、修了を待たずとも、習ったそばから成果が出てくる楽しみがあります。

年賀状、お祝い状、手紙などで好感度アップ

プライベートなお付き合いでの書状は、あなたを強く印象付けられます。
手描きのイラストがあるだけで、これまでとは違うあなたの魅力が!


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マスコミ・公共団体・コミュニティ…どんどん応募しましょう。人に認められる嬉しさは格別です。


イラストレーションは仕事に結びつく可能性も

作品はどんどん自己PRしてください。広告制作などの仕事がくるチャンスを積極的につかみましょう。

当講座は、テキストでイラストの“描き方”を目で見て学び、「トレーニングブック」で実際にご自分の手で描くことで、その技法が6ヵ月で身につけられます。

また、プロの先生に直接作品を見てもらえる添削指導も充実しています。

ステップ1 イラストの基本となる「デッサン」をやさしく手ほどき

イラストの制作、特に下絵(ラフスケッチ)を描く時に欠かせないのが“デッサン力”です。

当講座では第1段階として、このデッサンの方法について、やさしく手ほどきします。顔のデッサンひとつにしても、いきなり“完成作品”を描くのではなく、輪郭→目→鼻→口→髪といった具合に順を追って進めていきます。

ステップ2 作品の出来を決めるイラストの技法を習得します

イラストには写実風・スケッチ風に描かれた作品、デフォルメ(変形)の強い作品など、さまざまな技法があります。

ステップ2では線の強弱、デフォルメ、タッチの異なるイラストの描き方、着彩の画材を使った技法をマスターします。たくさんの写真やイラストで行程を追いながら、やさしく、そして楽しみながら習得できます。
ステップ3 本格的な作品を仕上げます

ステップ1と2ではイラストの技法を中心に学習してきましたが、ステップ3ではいよいよ本格的なイラストの作品制作にチャレンジします。

ここでは作品制作に必要な仕上げの技術を養うと同時に、作品を描き上げていく楽しさ、そしてその作品が完成した瞬間の喜び・感動が存分に堪能できます。
イラストレーション講座では、初心者の方や、どの画材を使えばいいか分からない方のために、本格的な画材セットをご用意しています。
どれもプロが実際に使っているものの中から「使いやすい」と太鼓判を押したものばかり。プロの目で選び抜かれた折り紙付きの画材です。




和田誠

和田 誠(わだ まこと、1936年4月10日 - )は、大阪府生まれのイラストレーター。

東京都立千歳高等学校(現東京都立芦花高等学校)、多摩美術大学図案(現デザイン)科卒業。1959年に広告制作プロダクション、ライトパブリシティに入社。同社を退社した1968年より、フリーのデザイナー、イラストレーターとして活躍する。

代表作として、たばこ「ハイライト」のパッケージデザインがあまりにも有名。 この他、フジテレビ「ゴールデン洋画劇場」のオープニングタイトルや「週刊文春」の表紙も一般的には広く知られている。星新一著作の挿絵も多数手がける。

本業のデザインのほかにも、作詞・作曲から翻訳まで幅広い分野で活動。特に映画ファンとして有名で、「お楽しみはこれからだ」をはじめとするエッセイ集がある。一方で小泉今日子主演で知られる「怪盗ルビィ」などの映画監督を手掛けたりと、監督としての評価も高い。

父は築地小劇場の和田精、夫人は料理愛好家・シャンソン歌手の平野レミ。ロックバンドTRICERATOPSの和田唱は息子。

受賞歴
1958年:『夜のマルグリット』のポスターにより日本宣伝美術会賞受賞。
1960年:たばこの「ハイライト」のデザイン・コンペに入賞。
1964年:短編アニメ映画『殺人 MURDER』により毎日映画コンクール大藤信郎賞受賞。
1969年:似顔絵その他で文藝春秋漫画賞受賞。
1974年:似顔絵集『PEOPLE』で講談社出版文化賞(ブックデザイン部門)受賞。
1981年:講談社出版文化賞(さしえ部門)受賞。
1982年:『ビギン・ザ・ビギン』で角川書店日本ノンフィクション賞受賞。
1984年:映画『麻雀放浪記』で報知映画賞新人賞受賞。
1989年:映画『怪盗ルビイ』でブルーリボン賞受賞。
1993年:『銀座界隈ドキドキの日々』で講談社エッセイ賞受賞。
1994年:幅広い活躍により菊池寛賞受賞。

挿絵・著作一覧
きまぐれロボット
ポスターランド
倫敦巴里
いつか聴いた歌
金田一耕助の冒険
真説 金田一耕助
冷蔵庫より愛をこめて
ナポレオン狂
深夜の散歩−ミステリの愉しみ−
探偵たちよ、スパイたちよ
和田誠百貨店
ことばのこばこ
デザイン街路図
装丁物語
お楽しみはこれからだ Part 1-7
シネマッド・カクテルパーティ
新人監督日記
銀座界隈ドキドキの日々
たかが映画じゃないか
それはまた別の話
これもまた別の話
時間旅行
今日も映画日和
指からウロコ
物語の旅
パイがいっぱい
気まずい二人
ぼくは王さま(王さまシリーズの挿絵を一冊目のみ担当。後年の再版分は和歌山静子に交代)


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イラストレーター

小笠原 智史(おがさわら ともふみ)は日本のフリーイラストレーター。北海道出身。

主に小説のイラストやメカデザインを担当している。

柔軟な感じの画風で、アマチュア時代よりケモノ系イラストに定評がある。



荻野目悠樹(おぎのめ ゆうき、1965年2月2日 - )は東京都出身の小説家。横浜市立大学商学部卒。日本SF作家クラブ会員。



野口 竜(のぐち りゅう、1944年1月1日 - )は漫画家、デザイナー、イラストレーター。福岡県出身。

石ノ森章太郎率いる石森プロ出身。同プロ独立後は主にコミカライズ分野で活動していた。『スーパーロボット レッドバロン』でヒーロー及び敵側ロボットのデザインを一手に手がけ、同作が特撮デザイナーとしてのデビュー作となった。続編『スーパーロボット マッハバロン』を経て『ザ・カゲスター』以降は東映作品に活動のフィールドを移す。東映での代表作は『電子戦隊デンジマン』『太陽戦隊サンバルカン』『宇宙刑事シリーズ』など。近年は第一線を退き、主にイラストを担当している。

1990年代後期にはゲーム会社カプコンのプロデューサー(当時)・岡本吉起の呼びかけにより脚本家の杉村升、曽田博久らとともにゲーム製作会社・フラグシップに参加、『バイオハザード』『鬼武者』等と言った同社制作作品のビジュアルワークス(クリーチャーデザイン、美術デザインなど)を手掛けている。



響野 夏菜(ひびきの かな、1972年11月20日 - )は、埼玉県出身の小説家。O型。『月虹のラーナ』が集英社主催の第18回コバルト・ノベル大賞(1991年下期) で<大賞>を受賞し、デビューした。代表作に『カウス=ルー大陸史・空の牙』シリーズや『東京S黄尾探偵団』シリーズなどがある。近作は、『ガイユの書』シリーズ。


雑誌

イラストレーションは、玄光社が発行する隔月刊誌。イラストレーション全般の情報を取り扱う。1979年創刊。「ザ・チョイス」による新人の発掘など、日本のイラストレーションに与えた影響は大きい。毎年4月には作品見本集である「イラストレーション・ファイル」を刊行している。

「ザ・チョイス」は1981年から続く誌上コンペで、毎回異なる審査員が単独で審査に当たるのが特徴。年度末には年度賞が選出され、「ザ・チョイス大賞展」が開催される。

玄光社(げんこうしゃ)は、日本の出版社。主に映像や写真に関する雑誌や書籍の出版の他、イラストや写真集などの出版を行っている会社である。

また、映像の撮影や編集に必要な機材、グッズなどを撮影者・技術者向けの販売も行っている。

主な出版物は『CM NOW』、『Photo TECHNIC -フォトテクニック-』、『イラストレーション -illustraition-』など。

[編集] 概要
同社の出版する刊行雑誌は隔月誌であり偶数月に発行される点が特徴的である。
「CM NOW」はCM・広告の専門誌であり、業界を目指す人からが教科書的な面を持つと同時に、表紙はそのとき人気の女性タレントであるためグラビアとしての価値もある。
「フォトテクニック -Photo TECHNIC-」は写真家のマニュアルブック的なものであり、隔月発行ながら写真業界では貴重な刊行誌である。
また、「イラストレーション -illustraition-」はイラスト業界では数少ないイラスト専門の刊行誌である。

[編集] 会社概要
社名:株式会社 玄光社
設立:1931年(昭和6年)9月11日。
所在地:102-8716 東京都千代田区飯田橋 4-1-5
関連会社:自社ビル内には同社の専属広告代理店であるサロン・エージェンシーを据えている。
サロン・エージェンシー
所在地:102-0072 東京都千代田区飯田橋4-1-5 玄光社ビル4F

イラストレーションの主な出版物

イラストレーション・刊行雑誌
CM NOW
COMMERSIAL PHOTO
Photo TECHNIC -フォトテクニック-
デジタル フォトテクニック
ビデオSALON
イラストレーション -illustraition-

イラストレーション・書籍
デジタル一眼レフ表現テクニックガイド
イラストレーション・ファイル(アナログ、デジタル)
明解 印刷ガイドブック(基礎編、実戦編)
コマーシャルフォト データベース年鑑
図解だからわかりやすい映像編集の教科書(著者:井上秀明)
映像クリエイター実践講座
めざせ!映像クリエイター
ビデオで撮らなきゃ、もったいない。

イラストレーション・写真集
富士 神々のシルエット / 大山行男
光響詩・代々木公園の四季
世界のファッションフォトグラファー Vol.1、Vol.2
世界のスティルライフフォトグラファー
Landscape -風景写真傑作選-

イラストレーション・エッセイ
特撮映画の舞台裏
ちょんまげ八百八町
堀北真希「コトノハ、きらり。」 - (「CM NOW」内の連載エッセイ集)

イラストレーション・デジタル・映像作品
「撮影の鉄人デジタルブック」シリーズ
竹内敏信フォトテクニックデジタル作品集

イラスト

イラストレーション(illustration)とは、情報を伝達する媒体のひとつである。イラストレーションは目的に沿って描かれる絵であり、情報の図解という性格をもつ。それはマスメディアを通じて社会の中で機能することを大前提としている絵であり、グラフィックデザインの中の分野である。そのため、作家(イラストレーター)自身の世界を一貫と追求する「芸術」とは性質が異なっている。芸術としての絵画に対し、「ポピュラー美術」にあたるのが、現在のイラストレーションなのである。

漫画や挿絵もイラストレーションであるが、これらはイラストレーションという呼称が普及した1960年代以前からあったため、固有の呼称が用いられている。建築物のパースである完成予想図もイラストレーションの一種である。

イラストレーションは、略してイラストと呼ばれ一般化している。イラストレーションは日本でつくられたもので、現代の日本におけるイラストは単に絵を示すことが多いが、英語のIllustrationは基本的にはその意味がない。英語のIllustrationの元々の意味は、図解や挿絵など、印刷物の中に扱われる「図版」のことであったが、現在はさらに拡大した解釈で用いられている。Illustrationの語源は、光沢や光を意味するLustreで、同じような意味の言葉に、照らす、明るくするを意味するIlluminativeがある。

イラストを描くことを職業にしている人をイラストレーターという。

イラストレーションの歴史
イラストレーションは、印刷技術の発明により、活字の他に絵による図版が登場し、文字では表すことのできないものを絵によって表すことから始まった。そして、新聞、図鑑、解剖図などで挿絵が活躍する。コメニウスの『世界図絵』は文字と絵を併置したはじめての視覚的教科書であった。

19世紀後半には、印刷技術の大型化に伴い、ポスターが登場し、メディアとしての広がりを見せる。ヨーロッパでは、ボナールやロートレック、ミュシャなどのアール・ヌーヴォーの画家やデザイナーが華を咲かせた。この時期から「モダンデザイン」という言葉が生まれ、イギリスのウィリアム・モリスがアーツ・アンド・クラフツを起こす。

1950年代後半には、日本において、イラストレーションという呼称が用いられるようになり、1960年代にはグラフィックデザインから独立したジャンルを築く。

1970年代から1980年代には、印刷物の媒体の増加に伴い、メディアをはじめ、空間、環境、舞台、衣装など、表現領域を広げ、現在では現代美術の一端を担っている。

日本のイラストレーション
イラストレーション的側面をもつ浮世絵(歌川国芳 江戸時代後期)古くは浮世絵のような偉大な祖先につながっているのが、現在までの日本のイラストレーションである。このイラストレーションという呼び名が日本に定着したのは、ほんの最近の事であり、早川良雄、粟津潔、灘本唯人らが土壌をつくり、1960年代に宇野亜喜良、横尾忠則、和田誠らが活躍し、イラストレーションの市民権を獲得することに成功した。そこには既に文章に従属した挿し絵というニュアンスを大幅に超えて、独立した美術表現としてのイラストレーションという分野の確立が打ち出されていた。

イラストレーションは1960年代に一大ブームを形成した。当時はグラフィックデザイナーを兼任していたイラストレーターが、独立した職業となるのは1970年代以降であり、分業化されて拡大した日本のデザイン業界がその背景にある。高度経済成長などの経済力に支えられたマスメディアの許容する日本のイラストレーション表現の多彩な発展ぶりは、その高度な技術的水準から、1970年代後半からは世界中から注目されるまでになった。

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